モルドバへ指導者を派遣しました!

2018年05月31日

2018年3月25日~4月3日の期間、モルドバ共和国へ佐藤茂士氏を派遣しました。

報告書が届きましたので、紹介いたします。

報告書原文は、こちらPDFファイル

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〝柔道は共通言語に成り得る!!〟
=旧東欧の神秘の国に根付いた柔道文化=

佐藤茂士(平成6年度・大学院修了/平成3年度・武道学科卒)



 この度、佐藤宣践主席師範並びに柔道教育ソリダリティー&株式会社後藤商事の身に余るご高配の下、旧東欧にある神秘のベールに包まれた国・モルドバ共和国での柔道指導の任務(2018.3.25~4.3)を賜った。なお、直系の後輩である尾方寿應君(以下尾方講師)が、現役選手として活躍する御身ながら、献身的な姿勢で協力帯同してくれたことは誠に心強いものであった。この場をお借りして謹んで感謝する次第である。

1. 前任者の礎(姿勢・立ち振る舞い・功績)が鮮明に存在
これまで、モルドバへの指導サポート事業は、下記の通り3回実施された。現地での指導でまず感じたことは、前任者達の礎が鮮明に存在したということである。ゆえに、混乱なく、より自然な形で指導に専念することができた。前任者達が残してくれた礎に対して、改めて敬意を表す次第である。
(指導経過:石川裕紀・山科凌講師、村田正夫・石川裕紀講師、筆者・尾方寿應講師)

2. 輝きのある素敵な眼(まなこ)

【知りたい・みたい・触れたい・感じてみたいという純粋な心・精神が感じられる眼】

モルドバの柔道スタイルは、その歴史上、旧ソビエト連邦に所属していた経緯から、明らかにロシアスタイルである。しかし、日本柔道に対する敬意はもちろんのこと、私達のレクチャーする内容に対し積極的に乗りながら熱心に取り組んでくれたことが正に印象的であった。また、その未知の世界への可能性を求め挑戦しようとする探求心には感銘を受けた。さらには、その保有する純粋な心・精神を下にした潜在能力の高さに臨場感溢れるイメージが沸き身震いを覚えずにはいられなかった。

3. 抜群の対応力

【レクチャーした内容に直ぐ対応し自分なりにアレンジできる】
ロシアスタイルを継承する選手達が、私達のレクチャーする内容に対して柔軟に対応し、自分のものにしていたことは抜群の対応力があると判断する。その時実感したことは、モルドバ人の身体に関する潜在能力の高さである。そして、実に無限の可能性を秘めた選手達であったと改めて実感する。また、日本のスタイルとロシアスタイルを融合させた新スタイルの確立も新境地への誘(いざな)いであると実感した。さらには、これらのことからも前任者達の礎が垣間見られる一コマでもあった。

4. 理想的な身のこなし

【理想的な柔道動作が皆身に付いている】
 主にこれまで、高校柔道を中心に指導を実践して来た筆者からみると、彼らの身のこなしは正に理想的であり、正直、指導者として彼らの様な選手を抱えられたらどんなに幸せだろうかという気持ちの連続であった。高校柔道の現場で、正にモルドバの選手が保有する理想的な身のこなしを伝授することが筆者における究極の目標であり、その理想的な身のこなしに惚れこまざるを得なかった。


5. 指導者の見え方に疑問⇒指導者の抽象度が全て!!


素質充分な選手達への世界を見据えた英才教育ができるか!?
現地指導者達の様子をじっくり観察して感じたことは、ヨーロッパを中心に試合及びキャンプ(合宿)へ積極的に出場・参加しているものの少々的外れなところが見受けられたところである。つまり、指導者の強化(モルドバ初のオリンピック金メダル獲得)に対する指針というべき明確な見え方(抽象度)が備わっているかという素朴な疑問である。指導者達にフォーカスした形のコーチング強化プログラム実施が急務であると提案する。


6. ラテン系の事なかれ主義が印象的⇒包摂的払拭が鍵!!
現状を受け入れその範囲内で創意・工夫(現状での遣り繰り)すれば無限の可能性があるはず
筆者は、常日頃より、「妥協」と「不可能」の違いについて自問自答している。つまり、物事が上手に実を結ばず成就しないと判断した場合の見極めを伴った心の処理である。「妥協」=余力を残す・時間を置く・放っておく。「不可能」=力不足だからしょうがない。モルドバの指導陣達には、どうしても二つの処理が同一であり、しっかりとした認知・認識が存在しない様に伺えた。しかし、とどのつまり両方とも最終的には「諦め」という人間にとって最も都合の良い処理に行き着くわけであるが、できるだけより良い形で見極めを伴った心の処理を行うべきだと改めて痛感した。

7. 実際のレクチャーは日本スタイルで実践⇒日本式儀礼の効果を改めて認知!!

【日本の指導現場ではごく当たり前のことが彼らには良い刺激となる】
この度、全体の掌握という観点から、レクチャー時には、普段の現場で技の講習等を実践しているやり方(ジャパニーズスタイル:通称)で終始行った。つまり、集合・解散及び礼法をきちんと動機付けした高校生達に実践しているレクチャー方法で行った訳である。最初ジャパニーズスタイルに違和感と戸惑いを隠しきれなかったコーチ及び選手達も直ぐに慣れ、最後には、日本で行っているレクチャー同様の雰囲気となった。一人の人間が、100人弱の集団を対象とする柔道プログラムを一手に引き受け仕切る姿に皆翻弄されている様に感じた。

8. スリッパの並べ方で簡単な意識改革

【現場で動機付けできないことを数日で解決】
指導者はもちろんのこと彼らには、練習場所の畳へあがる時、スリッパを揃え並べる習慣がない。そこで、みかねた筆者と尾方講師が全てを揃え並べた後雑談していると、そこへ年配の指導者が歩み寄って来た。その時通訳を通じて伝えられたことは、「いくらジャパニーズスタイルを彼らに説いても、なかなかその習慣が定着しないのだ」という主張であった。その時、アドバイスとして筆者が通訳を通じてあることを提案する。それは、「簡単なことです。皆のヒーロー(英雄)である、シニア・ナショナルチームの選手達にスリッパの揃え方を周知徹底させればいいのです」と。次の日から最終日まで、終始綺麗に揃え並べてあった光景を目の当たりにし感無量な思いであった。また、柔道指導の実践の場に限らず、常日頃より筆者が実践する学校業務(クラス担任・教科担当者としての生徒指導への姿勢・立ち振る舞い等)において、様々な場面で至極当たり前の様に無意識に行っている指導が、異国の地でも同様に通じるということを改めて認識させられ、絶好の学びの機会となったことは貴重な体験であり新たな境地への誘いとなった。

9. スポルト少年柔道教室&ファレスチ少年柔道大会視察

【スポルト少年柔道教室】

 

【ファレスチ少年柔道大会視察】

日本と全く同じ光景・雰囲気は万国共通なり
滞在期間中、幾度となく、モルドバの少年柔道の現状を垣間見る機会に恵まれた。中でも、印象的だったのは、国立体育大学(通称:スポルト)が運営する少年柔道教室へ非公式(偶然)に立ち寄った機会とバレルコーチからのオファーで実現した地方の少年柔道視察であった。日本より遥か彼方にある異国の地で、日本と全く同じ光景を認知した時、素直に「有難い!!」いう感謝の気持ちが沸き、正直、目頭が熱くなり涙が出たことを今も鮮明に覚えている。そして、その雰囲気は、「万国共通である!!」と実感せざるを得なかった。やはり、日本の柔道が世界に誇る普遍性を物語る一コマであった。


10.好井正信・モルドバ共和国在特命全権大使のお言葉


「モルドバにおける『真の民主化』を日本がお手伝いしたい!!」
ゴルバチョフのペレストロイカの下、モルドバは独立・民主化した。しかし、その実情は惨憺たる状況にある。簡単に言えば、富裕層は何とかなるが、それ以外の庶民層は生活ができない為、近隣諸国(イタリア・ギリシャ等)へ出稼ぎに頼る以外に経済的基盤を得る手段がないわけである。よって家族はバラバラ。その殆どが、寂しい思いを隠し切れずに生活を余儀なくされているのが実情である。
さて、筆者は、昨今の世界情勢を紐解いた場合、日本が果たすべき役割(世界貢献)とは、モルドバの様な世界の中で最貧国に位置付けられる国への様々な意味を踏まえた援助ではないかと考える。そして、これらの事が、緊迫する世界情勢(特に極東情勢)の中で、現在の日本を生き残らせる為の方策に成り得ると思考して止まない。ゆえに、好井大使の「モルドバにおける『真の民主化』を日本がお手伝いしたい!!」というお言葉がとても心に響き共感・共鳴を受けざるを得なかった。余談となるが、好井大使はあのルーマニア革命時に、アメリカからの要請で在留邦人を国外退去させるべく陣頭指揮をとった当の本人である。

結びに、以下のことを紹介したい。
昨今の世界情勢を紐解いた場合、アメリカと中国のNo1・No2の位置づけは不動のものと言える。その国力を象徴するのが軍事力及び経済力である。その様な状況下で、我日本が、上手に立ち回れるのだろうか。正直、我国の軍事力及び経済力では立ち回れないと推察する。ならば、我国が、上記2強と対等の立場、あるいは隙あらば2強より優位な立場で立ち回るために何が武器となるか。それは、迷わず、日本人(大和民族)が古の昔より紡ぎ続けてきた「粋でステキな文化(魂・心・精神・潜在能力が根幹にある)」を下にした戦略的なアプローチ以外に武器は有り得ないと思考する。つまり、2強への対抗処置の武器として、「充分に威力を発揮」できるのが、上記を下にした世界へアプローチに限られると言って過言ではなかろう。その様な世界情勢の状況に日本が置かれている昨今、「柔道が大きな役割を果たす」と自信を持って提案する。
この度、日本より遥か彼方にある旧東欧の神秘のベールに包まれし国・モルドバで痛切に実感したことは、『柔道は共通言語に成り得る!!』ということである。
日頃の忙しさにかまけた甘えから、誠にお恥ずかしながら、渡航に関する下準備がおろそかになったことは否定できない事実である。その為か、現地におけるコミュニケーション手段(現地で使われている公用語:ロシア語・スラブ語系言語/共通語:ルーマニア語・ラテン語系言語/全く性質の違う言語を現地人は上手に使い分けている)の簡単な修得も殆どせずに渡航することになり、正直、とても不安を感じていた。しかし、現地の状況に実際に触れたことで見事払拭された。全く問題はなく、安心感の下、集中して指導に専念できたことは柔道の素晴らしさとその恩恵以外に理由が見つからない。
その時に素直に感じたことを素直に言えば、次の様に表現できるだろう。
「熱い眼差しで見つめることの出来る者同士なら誰しも言葉は通じなくても相手に必ず伝わる。伝わってないと思っているのは本人だけ。なぜなら、本人の伝えたいイメージと相手に実際に伝わるイメージに多少のギャップは否めないのからだ。しかし、明確な共通のテーマが存在すればお互いの共同作業で何とかイメージを創造できる。つまり、共感・共鳴の感触を得るのは難しくないということだ。その媒介となるのが正に柔道であり、柔道が媒介となってそれぞれの思いを上手に中和させ、良い塩梅に微調整する役割を担う!!」と。とっても粋でステキな文化である。
ゆえに、「数学が唯一の共通言語である」定説を真っ向から否定する。なぜなら、「柔道も世界基準の共通言語に成り得る!!」と実感せずにはいられなかったからだ。それは、スリッパの揃え並べ方及びレクチャー時の日本スタイル(日本式儀礼)等でも実証できよう。
尾方講師とは殆ど面識が無く、この任務を賜ってから電話及びメールのやりとり、渡航前に、柔道ソリダリティー事務局で行った打ち合わせを1回実施した程度の状況であった。しかし、希少のコンタクトであったにしても成田ではすでに旧知の仲の様になり、何の不安も感じずに任務の渡航についた。その理由について考察してみれば、まさに、同じ一貫(英才)教育を受けた者同士の強みであり、そこが東海大学柔道部の類稀な平面的ではない立体的な組織力の根幹にあるイデオロギーの賜物であると改めて認識させられる機会となった。

最後に、このレポートが、日本国とモルドバ共和国における民間外交レベルの交流の橋渡しとなり、好井大使のおっしゃる、「モルドバにおける『真の民主化』を日本がお手伝いしたい!!」という我日本の世界における役割の一役を担えれば幸いである。また、緊迫する極東情勢における平和維持(人類共通の願い・戦争の無い平和な世界創造)の為の一助となれば恐悦至極に存ずる。