第2回中国便りが届きました

2007年11月08日 (木曜日)

 中国男子柔道ナショナルチームの強化にあたっている東海大学体育学部光本健次教授より、中国男子柔道チームの報告が入りました。

------------------------中国便り--------------------------------
東海大学体育学部教授 
光本 健次
 
 NPO法人柔道教育ソリダリティー会員の皆様、2回目となります中国便りです。すでに、NPO法人柔道教育ソリダリティーのホームページにも掲載されておりますが、10月12日(金)~27日(土)までの約2週間、日本で強化合宿を行いました。今回の遠征の目的は、練習試合を通して試合に慣れ、精神的に強い選手育成を目標に掲げ来日いたしました。我々一行は成田国際空港到着後、栃木県白鴎大学足利高等学校をかわきりに、横須賀学院高等学校、日本体育大学、埼玉大学、東海大学付属翔洋高等学校、國學院大學、東海大学付属浦安高等学校など、約10日間に渡り試合だけをして各校・各大学を回りました。この間、関係各所の諸先生並びに生徒・学生の皆様、またバスの手配や中国チームの日程調整など、NPO法人柔道教育ソリダリティー事務局の方々には大変お世話いただき、この場をお借りいたしまして心より御礼申し上げる次第です。この遠征は昔で言えば道場破りみたいなもので、勝手気ままに中国選手強化のために各校・各大学にご協力していただきました。本当に感謝しております。

 【出稽古に協力して下さった栃木県白鴎大学足利高等学校のみなさんと】

 試合練習は、毎日環境と対戦相手を変えながら、1人の選手が52試合を消化しました。選手は日々を重ねるごとに、顔つき、目つきなどにも変化が現れ、試合運びも上達し、逞しくさえ感じるようになりました。しかしまだまだ、発展途上の技能でありますので、今後の課題も多くあります。選手個人々の特徴、技能、精神力など、普段、練習では見えない部分が明確になってきたように感じています。選手自身も、単に練習だけでは学ぶことができないものを体で感じ取ることができたのではないでしょうか。当初は試合の日々が長いため、怪我やコンデェションに少々心配はしていましたが、たいした怪我もなく何とか予定通り消化できたことを大変嬉しく思っています。

 【第6回来日メンバーと山下理事長】

 私が中国で指導を開始した当初は、ちょっとの怪我でもよく練習を休みました。また、コーチに何の連絡もなく勝手に部屋で休んでいる者もいました。中国の道場で私が最初に実施した事は、出席表、掃除当番表、各階級の体重表の作成でした。現地で指導開始して約3ヶ月でありますが、選手及び現地コーチの意識改革は思ったより早く進んでいると思います。また、この遠征期間中、柏崎克彦先生(国際武道大学教授)と山口輝義君(学校法人東海大学理事長室秘書課)にも、試合における寝技の実技指導をしていただき、大変勉強になりました。

 21日(日)、練習試合最終日が千葉県浦安のため、翌日の月曜日に東京ディズニーシーに気分転換と休養を兼ねて、日が暮れるまで選手・役員と遊ばせていただきました。普段、練習で苦しい顔しか見ていない選手も、童心に戻り、笑顔がさわやかでした。実のところ、これも指導者としての作戦であり、選手にはいつも怖い顔しか見せていない鬼コーチでも、こんな一面があるんだなぁーって思わせておくことも、今後の指導上きっとプラスになると考えた休養でした。

 練習試合も無事消化し、30・31日に控えた第2回東アジア柔道選手権(深セン)における調整を東海大学中西監督、上水副監督の指導の元におこないました。道場では同じ大会を目指す日本代表選手、卒業生の福岡政章君-60Kg級(総合警備保障株式会社)も汗を流しており、試合に向かう気持ちが一段と高まってきました。ちょうど27日(日)、台風が関東地方に接近する最中に、我々を乗せた航空機は深センに旅立ちました。

 【第2回東アジア柔道選手権大会のメンバーと】

 日本に滞在しているときの情報では、中国はだいぶ寒いようなことを聞いていたので、トランクの中の荷物も夏から冬物に変えていました。20:35深セン着、もう11月も間近だというのに、深センの暑さには驚きました。日中は30度を越すような気候で、ホテルの室内で過ごそうかと思った、たった1枚の半そで、半ズボンで日中過ごしていました。

 同じ国内でありながら、改めて中国国土の大きさを感じるようでした。我々中国チームは、全日本代表選手のように幅広い選手層から選抜された選手たちと違い、選手層も薄い限られた中から、悲願のオリンピックメダルを取ることは至難の業であると思います。しかし、ひたむきに頑張っている選手たちと行動をともにしていると、彼らの夢が実現に向かい、きっと叶うことを信じています。  

 北京オリンピックが近づき、全日本も+100Kg級 高井洋平(旭化成株式会社)、-100Kg級 穴井隆将(学校法人天理大学)、-90Kg級 泉浩級(旭化成株式会社)など、そうそうたるメンバーをエントリーさせてきました。また、最近少々低迷していますが、韓国選手も強敵です。2日間開催されました中国選手の結果は、+100Kg級Wang Fei 2位・Wei Xiangjun3位、-100Kg級Shao Ning3位、-90Kg級He Yanzhu3位、-81Kg級Xiao Deqiang3位、-73Kg級Zeng Qingdong3位、-66Kg級Wu Ritubilige3位・Li Yang3位、-60Kg級He Yunlong1位・An Jianqi3位、団体戦2位と全階級に入賞を果たしました。現段階では日本、韓国の強豪国とはまだ差がありますが、着々と差を詰めていきたいと考えています。

【+100kg Wang Fei 2位, Wei Xiangjun 3位】

【 -100kg Shao Ning 3位】

 【-90kg He Yanzhu 3位】

 【-81kg Xiao Deqiang 3位】

【-73kg Zeng Qingdong 3位】

 【-66kg Wu Ritubilige 3位, Li Yang 3位】

 【-60kg He Yunlong 1位, An Jianqi 3位】

 この大会で記憶に鮮明に残っているのは、-60Kg級の3位に入賞したAn Jianqiと福岡政章君(総合警備保障株式会社)が1回戦で対戦し、鍛え上げられた日本選手から勝利を収めました。この階級で金メダルを取った中国選手はHe Yunlongと言いますが、彼はチームでもまったくの無名選手です。彼は努力家で、度々練習後にグランドを一人で走っている姿をよく見かけました。そんな彼に、東アジア大会に参加するかって言ったら、大変喜んでいた選手です。このような選手が試合でチャンスを活かし、チームから出て来てくれたことは、指導者としてこの上ない喜びであります。

 また-90Kg級のHe Yanzhu3位は、準決勝で北京オリンピック日本代表最有力候補とされる泉浩(アテネオリンピック銀メダル)と対戦、前半は押し気味で試合を進めていましたが、後半に巴投げで一本負けしました。しかし、翌日の団体決勝で再び対戦し、目の覚めるような左大外刈で1本勝ちし、日本人でもやりにくい、あの独特な柔道スタイルから勝利をものにしてくれたことは、今なお記憶に焼きついています。前日の敗戦から、たった一日の空白で、頭を切り替えて泉選手に向かって勝利する身体能力は、日本の選手には見なかったような気がしています。一歩一歩でありますが、オリンピックの夢に向かって進んでいけているような気がしています。

 【準優勝に輝いた団体戦の選手達】

 -90Kg級日本期待の穴井隆将選手(学校法人天理大学)は、肩を脱臼して敗戦しました。彼の練習は東海大学の年越し合宿、全日本の強化合宿などで、他の選手を圧倒して練習に打ち込んでいました。日本選手の持ち味である技の切れは抜群の選手です。そんな鍛え上げられた日本の選手でも、試合の中では大きな落とし穴(危険)が常にあるのですね。

 深センの東アジア大会から北京に戻ると、ここはまったくの冬模様でした。11月から中国男子チームは市内にある、オリンピック体育中心という施設に柔道場と合宿所を移しました。この施設は北京オリンピック会場となる施設の一つで、現在大規模な工事が行われていて、総面積1215haのオリンピック公園の敷地に立っています。1990年に行われた第11回アジア大会の際に建設されたものです。北京オリンピックではハンドボールやバレーボールの予選大会などが開催される予定です。柔道場は試合会場が10会場ほど取れる大きな道場です。柔道場の前にある宿舎は、オリンピックスポーツセンターホテルといい、他の競技団体も入っています。合宿施設というより豪華なホテルで、レストラン、サウナ、トレーニングジムなど申し分ありません。2008年北京オリンピックに向かい、国家を挙げての意気込みは並大抵のものではありません。

 【オリンピック公園の敷地に建てられた合宿所】

 【試合場が10面ほどとれる大きな道場】

 日本では先日、プロ野球日本シリーズが終了し、53年ぶりに中日が日本一に輝きました。新聞では中日落合監督の「世紀の交代劇!」に賛否両論あったようですが、自分を崩さない俺竜采配の落合監督は指揮官として尊敬できます。

中日落合監督の俺竜とまではいきませんが、中国の俺流(光本)も乞うご期待ください。第3回、中国便りを楽しみにお待ちください。
               
                北京より